もるーさんがお空へ旅立ちました


平成27年10月11日 午前2時50分頃

もるーさんがお空へ旅立ちました。

寝袋気持ちいいね

急性心不全のようでした。

真夜中2時半過ぎ、もるーさんがケージの前のハウスに出てきて木の器に入ってる2番刈りを食べている音でフッと目を覚ましました。
サコサコサコサコ・・・という草を食む音を聞きながらまた眠りに落ちそうになったとき、カツッと木の器を歯で鳴らす音が聞こえました。
全部食べちゃったのかな?ケージの中にもあるでしょー?なんて思いながらうとうとしてたら再び
「カツカツッ」と
明らかに私を呼んでいるようでした。
様子を見に行ってみると、器の中の草は散らばり、その上に倒れていました。

もるーっと叫びながら慌てて抱き上げたら意識が戻りました。
でもお腹が膨れていて、身体はもう冷えていて・・・
そして死臭もしていました・・・
内臓はすでに機能していなかったのでしょう。
その時はパニックになっていたので、直前まで食べていた事を思い出し、喉に詰まらせたのかもしれないと
口の中を見てみたり、シリンジでお水を飲ませてみようとしたり・・・
でももう、唇は真っ白で、お口を開けてもかわいい舌は伸びてしまっていました。
それでもあきらめきれず、お水をお口に入れて・・・でも吐き出してしまいました。

それからビクンッビクンッとあまりに大きな発作で、私の腕から跳ね跳びそうになるのを必死に抱き抱え、
「大丈夫、大丈夫、怖くないよ」ともるーさんの目を見ながら、ただひたすら撫でることしかできなかった。

呼吸は鼻からでもできる。これは心臓だ・・・

もるーさんは自分の身体に何が起きているのかわからないらしく、発作のたびに、おびえた表情で私の首元まで何度も駆け上がってきました。
私はそのたびに腕の中に戻し、私の脇に顔をうずめ「怖いよ嫌だよ」のポーズをとっているもるーさんの顔を私の腕に戻し、
もるーさんの目をずっと見つめながら、「大丈夫だよ。怖くないよ。私がついてるよ。」と
何度も何度も言いながら、もるーさんの大好きだったタオルケットを一緒にかぶり、ずっと撫で続けました。

発作はすぐにおさまり、もるーさんの表情から恐怖も消え、ゆっくりと穏やかに私の目を見つめながら私の腕の中で旅立っていきました。

発作はあったけど、呼吸が乱れることもなく苦しんではいませんでした。
ほんの15分ほどの出来事でした。
なんの予兆もなく、あまりに突然の事でした・・・

もるーさんが最期に見たのが私の顔でよかった・・・

そのあとは一緒にタオルケットをかぶり、床に寝転がりながら一晩中撫で続けてました。
私の横で目を細めて、お顔からおててをピヨッと出してるもるーさんは気持ちよさそうに眠っているようにしか見えませんでした。

朝が来ても、昼になっても、まだ信じられませんでした。

昼過ぎに梅ハルしおんのママさんが駆けつけてくれました。

本当はもう一日、一緒に過ごしたかった。
でも、もるーさんは直前まで食べていたから、胃の中で食べ物が発酵してしまいお腹がだんだんと張ってきていました。
お腹が張っていくのは苦しいだろうと思い、その日のうちに火葬しました。
最後の最後まで硬直はなく、おててもあんよも柔らかいまま。

梅ハルしおんのママさんも一緒に来てくれました。

もるーさんが呼んだんだね。
家族のように可愛がってくれたママさんが大好きだったから、一緒にお見送りしてほしかったんだね。

ふたりでたくさん抱きしめて、たくさん泣いて、お空にお見送りしました。

もるーさんは骨になっても力強く、愛おしいもるーさんのままでした。



私は、もるーさんに対して、
もっとああしてあげればよかった、、
どうして早くこうしてあげなかったんだろう、、、
という後悔は1つもありません。

もるーさんにしてあげたいことは全部してきた。

わたしはもるーさんを最高に幸せにしてあげられた。



死ぬときはぴんぴんころりが理想よねーなんて言ってたら、彼女は本当にその通りにしてくれました。

ちゃんと私の腕の中で、
私の目を最期のその時まで見つめながら、、
大丈夫、怖くないよと撫で続け、発作もおさまり、安心した表情で旅立ちました。

私ともるーさんはちゃんと意思疎通ができてたの。
だから解ってくれたはず。


ごめんねとは思わなかった。

たくさんのありがとう。と

大好き。

だけ。



上のお写真は生前最後に撮ったものです。
亡くなる2時間ほど前に、おやすみーと言って撮ったものでした。
いつもはそんなタイミングで撮らないのに。

寝袋で気持ちよさそうにつぶれている、とてももるーさんらしいお写真です。
私が1番好きだった小鳥柄の寝袋で。


もるーさんが最期、真夜中2時半過ぎにもかかわらず、私の事を呼んで起こして、
私の腕の中で私の目を見つめながら苦しむこともなく静かに旅立っていったのは、
私の性格をよく知ってる彼女が、
きっと私に一片の悔いも残らないように最期まで私の事を想って頑張ってくれたのだと思います。


最高の愛をくれて本当にありがとう。



たくさんの人との出会いを持ってきてくれたもるーさん。

私は今、その人達にすごく支えられてるよ。

全部、全部、あなたが導いてくれた。

私にたくさんの財産を遺してくれてありがとう。

だからわたしはこれからも作り続ける。

あなたが導いてくれた事手放したりしないよ。


今は、姿が見えない事、声が聞こえない事、触れられない事が寂しいだけ。


亡くなる前日は3件の用事があり、1日留守にしていました。
それぞれ全く別の用事でしたが、3件とももるーさんが引き合わせてくれたモル飼いさんとの用事で。

その日だけで、モル飼いさん7人にお会いしました。
きっと私を通じてみんなに会ったのかなと思いました。

亡くなった日は梅ハルしおんのママさんが駆けつけてくれて、
次の日は自宅に呼んでくれました。
一緒に田んぼで稲の葉をたくさん刈りとり、
3モルに癒され
お昼も夕飯もご一緒させてもらって、
おっちゃんさんと3人で鍋を囲んで、温かい食事と楽しくおしゃべりができて少し元気が出ました。

翌日は夜、友人が食事に誘ってくれました。
私の話を静かに聞いて、時折涙してくれて、、
彼女はペットは飼ってないけど、もるーさんの為に綺麗なお花をくれました。


翌日にはお世話になっているモル飼いさんに稲を持っていきました。
急なことにもかかわらず、おうちにまでお招きしてくれ、モルちゃんを抱かせてくれました。

私はもるーさんが導いてくれたご縁にとても支えられています。
もるーさんは私の人生において特別な意味がある子でした。
だから後悔の無いように、愛情を全て捧げてきました。
我ながら過保護だと自覚はしていたけど、最初から決めてたことなの。
そしてそれは間違ってなんかいなかった。

もるーさんはきっと私の人生を楽しいものに変えるためにうちに来てくれたのだと思っています。



お世話になっていた動物病院の先生にもお電話で報告しました。
先生も「あんなに元気そうだったのに」と驚かれてました。
だって亡くなる前日に診てもらってたんだもん。
本当に突然だったの。
脚以外どこも悪いところはなかったの。

先生に手術していただいてここまで元気に生きることができました。
本当にありがとうございました。

と、お伝えしました。

延命ができてよかったです。

と先生は言われました。

本当に先生に助けていただいた命でした。
いつかまたモル飼いになることがあったら、先生にお願いしたいです。
最後に診てもらっていた先生が今の先生で本当によかったです。


亡くなったその日からたくさんのお花が届いています。
皆さんありがとうございます
みんな元気が出るビタミンカラーが入ってます。
もるーさんの為に本当にありがとうございます。

今はもるーさんのお世話の代わりに、頂いたお花たちをお世話することから1日が始まります。





もるーさん、もるーさん。

私はいずれ両足が動かなくなったって喜んでお世話する気でいたし、その準備もできてたんだよ。

でもさせてくれなかったね。

綺麗好きでプライドが高いあなたは、自分で自分を綺麗に保てなくなるのが嫌だったんだね。

自由にぱとろーるができなくなるのが嫌だったんだね。

いつもと変わらない日常の途中で、おゆーはんも全部平らげて、お尻を綺麗に洗ってもらって、私の膝の上でねんねして、

最期は一番好きだった2番刈りを食べてからお腹いっぱい綺麗なまま旅立って、、

とてもあなたらしいよ。

ずっと大好きだよ

寂しいけど悲しくはないよ。

ずっとずっとずーっと大好きだよ。

またいつか私のところに戻ってきてくれる気がしてる。

だからその日まで待ってるね。

5年5か月、私と一緒に生きてくれてありがとう。

ヒロ

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ご紹介

ヒロ

Author:ヒロ
      飼い主
(絵はイラストレーターの友人作画)


      るも
台湾生まれセンター北出身♀
moroom2代目工場長新任

まったり~
     もるー
台湾生まれ海老名出身♀
moroom創始者・初代工場長
2015.10.11お空にお引越し

るもちゃんはいくつ?
Twitter ヒロ・もるー
飼主ともるーさんのつぶやき
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